- 早川書房 出版
- カル・ニューポート 作
- 池田真紀子 訳
デジタル・ミニマリストは、ほかのすべてを見逃したとしてもかまわないと思っている。
力強く断言されたこの一言に膝を打った。私もデジタル片づけを実施し、いよいよ実生活を重視した健康的な人生を送るときが来たと思ったのだ。飼っている犬がじゃれてきているのを手で制しながらTwitterを無為に眺める生活は終わりだ。スマートフォンを置き、寝るまでのあいだ犬と何十分でもじゃれあう人生を送るべきなのだ。
本書を読んですぐ、私はいそいそとSNSの類いをスマートフォンから消した。そしてかわりにKindleアプリを入れた。
本書はデジタルデバイスと距離を置くことを推奨しているが、同時にデジタルデバイスをなんでもできる便利道具として推奨してもいる。デジタルデバイスの利便性は、使う人間が同時にいくつものマルチタスクをこなすためのものではない。たくさんの種類のシングルタスクをひとつのデバイスで賄えるものであると説いている。
汎用コンピューターの真価は、ユーザーがコンピューターを使ってやれることの総数にあるのであって、ユーザーが同時にやれることの総数にあるのではないからだ。
Kindleで読書中にTwitterを見るようではデジタル片づけは達成できていないが、Kindleで読書をしたあとに、感想文をScrapboxに書き溜めることを本書が否定しているわけではない。あくまでうまくデジタルデバイスと付き合おうね、という啓発を受けたのである。
そもそもなぜ、勤勉な人間がSNSをどっぷりと眺めてしまうのか。それは巧妙に設計されたSNSの仕組みによるものであり、ユーザが少しでも長くSNSに留まるよう、企業は大枚をはたいて研究しているのである。SNSを見ていれば、有益な情報を見逃してしまうことを避けられるかもしれない。そう思って日々ダッシュボードやタイムラインをチェックしている。企業は我々を金のなる木と思っている。
私たちの生活に散らかっている、不可欠とは言いがたいことがらにかかっているコストの総計と、その一つひとつから受け取っている小さな利益の総計とを比較すると、たいがいの場合、コストのほうがはるかに大きいと。
筆者は一刀両断している。時々得られる”情報”という小さなメリットと、情報を見逃すことを恐れて払っていう”時間”というコストは、比べればコストのほうが大きいと。また、知り合いの近況などを知ってコミュニケーションを取りたいと思っているユーザには、SNS上のコミュニケーションは「社交のファストフード」であり、現実世界でのコミュニケーションにはるかに劣ると説いている。赤ちゃんが生まれたばかりの知人の投稿にいいねをするよりも、手料理を持って親子に会いに出かけたほうが、何倍も互いが幸せではなかろうか、と。
私達の注意を常に引こうとするアテンション・エコノミーから距離を置き、自分の人生を取り戻そうというのが本書の主旨だ。筆者は以下のような基準を設けて、使用するテクノロジーを選定することを推奨している。
ミニマリストのテクノロジー選考基準 以下の条件を満たしたテクノロジーだけをリセット期間明けに再導入する。 1 大事なことがらを後押しする(何らかのメリットがある程度では不充分)。 2 大事なことがらを支援する最善の方法である(最善ではないなら、代わりに別の方法を考える)。 3 いつ、どのようにそのテクノロジーを利用するかを具体的に定めた標準運用規定に沿った形で生活に貢献できる。
例えば私がKindleを導入したのは以下のような思惑があってのことだ。
- 電車の中で読みたい
- 本で読んでもいいが、つり革に捕まりながら読むとページがめくれない
- 寝る前に読みたい
- 本で読んでもいいが、暗い電気の中で読めない
- 付箋を貼ったり、マーカーを引きたい
- 本を傷つけたくない
- たくさん本を読みたいが、所有することで狭い家を更に狭くするのは嫌だ
といった理由から、本を読むという目的でスマートフォンとKindleアプリを利用するのは合理的な判断と言える。決して、少しでも本に飽きたらネットサーフィンができるから、スマートフォンで本を読むわけではない。今までは風呂場でSNSを眺めたりSpotifyで音楽を聴いていたが、今後は肩まで浸かって休むと決めたので、風呂場で本を読むのは禁止にした。
本書の魅力的な章はこれだけでなく、孤独な時間を持つことのメリットや、趣味を持つことを推奨した章などもある。しかしすべてに言及していては、どんどん長くなるばかりなので割愛する。
実際にデジタル片づけを始めてまだ2週目といったところだが、土日は引きこもらずに出かけるようになり、洗濯をまめに丁寧にするようになり、すると繊細な服でおしゃれをする気力も出てきて、食事に時間をかけるようになり、家族との時間も増え、友人と会って遊ぶことが増え、いわゆる「丁寧な暮らし」というものに近づいた感触がある。QOLを上げるというのはこういうことなのではなかろうか。
もしあなたがSNSに疲れ果てているのだとしたら、自己啓発本だと鼻で笑わずに読んでみてほしい。