ドコログ

シャーロック・ホームズとシャドウェルの影

  • ハヤカワ文庫FT 出版
  • ジェイムズ・ラヴグローヴ 著
  • 日暮雅通 訳

先に申し上げると、私は原典のシャーロック・ホームズも、原典のクトゥルフ神話も未履修である。

前者はドラマの『SHERLOCK』で現代ナイズドされたシャーロック・ホームズとワトスンらを観たのみであり、後者は『這い寄れ!ニャル子さん』を視聴し、他人の『Conarium』のプレイ動画を視聴した程度でしか触れたことがない。あとはせいぜい、シャーロキアンと呼ばれるオタクがいること、クトゥルフ神話のTRPGがありSAN値のチェックをすることくらいしか知らない。

結論から言うと、その両者を混ぜた本書はかなり楽しめた。

そもそも原典のシャーロック・ホームズシリーズを避けていたのは、ミステリー小説だからだ。推理をしながら読まねばならんのだろうという偏見のもと、あまり読書中に頭を使いたくない私は、ミステリー小説であるというだけでこのシリーズを敬遠してきた。

対してクトゥルフ神話は、固有名詞の多さ、設定の煩雑さ、独自の言語などのとっつきづらさから、いまいち踏み込めずにいた。

本書は、両者のとっつきづらさどちらも克服しており、いいとこ取りをしたような仕上がりになっている。筋金入りのミステリー小説マニアにはまったく物足りないファンタジー小説であるが、より触れやすい娯楽作品としてシャーロック・ホームズを消費したい、私のような意識の低い読者にはうってつけである。これはもうシャーロック・ホームズのラノベだ。

本書を読み終わった今、なんならもっとシャーロック・ホームズのSF系パスティーシュだの、ファンタジー系パスティーシュだのを読み漁りたくなっている。

それほどにホームズとワトスンの組み合わせは「オタクが大好きなフォーマット」であり、不朽の漫才コンビなのである。オタクが好きなホームズと、オタクが好きなクトゥルフ神話がマリアージュしたら、オタクがめちゃくちゃ好きな二次創作になるに決まってる。

もっとこの二人が事件を追いかけているところを見たい。たまにモリアーティにギャフンと言わされてほしい。マイクロフトと応酬しているシャーロックを眺めるワトソンを眺めたいし、グレグスンやレストレードが、シャーロックの歯に衣着せぬ物言いに困惑しているのもいい。うん、フォーマットが完璧なんだな。

唯一気になったことが、本書におけるモリアーティのキャラ崩壊っぷりである。 もともと頭脳明晰で冷静沈着な数学者であったはずが、本書ではオカルトに傾倒した狂信者の夢想家となっている。人によってはかなり”解釈違い”に苦しむことになりそうなため、モリアーティの強火オタクは注意していただきたい。

しかしまだ三部作の第一弾が翻訳されたばかり。残る二作も楽しみに待ちたい。